【動画】セナがNSX試作車とマクラーレン・ホンダをテスト…1989年鈴鹿の貴重映像をホンダが公開

2025年05月02日(金)11:26 am

記事要約


・ホンダはアイルトン・セナ没後30年にトリビュートを捧げ、セナ財団とBest MOTORingと連携して貴重映像を特別公開。

・映像には1989年にセナが鈴鹿で市販前のNSXプロトタイプとF1マシンをテストする姿が収録されている。

・セナとホンダの技術的連携の深さを示す象徴的な記録として注目を集めている。


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■ホンダ、没後30年にセナの貴重映像を特別公開

ホンダは、アイルトン・セナの没後30周年をトリビュートし、セナ財団およびBest MOTORing(ベストモータリング)の協力のもと、貴重な映像を特別公開した。

2025年2月7日に公開したこの映像には、1989年にセナが鈴鹿サーキットでNSXのプロトタイプと、ホンダRA109Eエンジンを搭載したマクラーレン・ホンダのF1マシンをテストする姿が収められている。市販前のNSXに関わるテスト映像としては非常に貴重であり、F1ドライバーとしてのセナとホンダの技術開発の深い関係性を物語る内容となっている。

テストの時期は、1988年シーズン終了後から1989年の開幕前、いわゆるオフシーズン中と推定される。セナはこの前年、1988年に初のF1ワールドチャンピオンに輝いたばかりだった。

■【YouTube】Ayrton Senna × NS-X (Prototype) and McLaren Honda F1 car at Suzuka 1989(7:05)

■1989年F1日本GP

1989年のF1第15戦日本GP(鈴鹿サーキット)では、年間タイトル争いの最終局面で、マクラーレンのチームメイト同士であるアイルトン・セナとアラン・プロストが激しく競り合った。

レース終盤、最終ターン手前のシケインでセナがイン側から仕掛け、プロストと接触。両者はそのままシケインを真っ直ぐ通過しストップした。プロストは車を降りてリタイアしたが、セナはマーシャルの助けを借りて再スタートを切り、シケインをカットしてコースに復帰。レースには勝利したものの、レース後にこのショートカットが危険な走行とみなされて失格処分となり、チャンピオン争いはプロストに軍配が上がる結果となった。

■レース中の事故、F1の伝説が天に召される

1994年5月1日、“悪夢の週末”と称されたF1サンマリノGP決勝レース中、セナは高速のタンブレロ・コーナーで時速200km以上のスピードで右側のコンクリートウォールに激突した。事故直後にはF1のチーフ・メディカル・オフィサー、シド・ワトキンスが応急処置を行い、セナはヘリコプターで病院へ搬送されたが、約4時間後に死亡が確認された。享年34。

死因は、衝突時に車両のサスペンションの一部がヘルメットを貫通し、頭部に致命傷を与えたこととされている。事故当時、セナが乗っていたウィリアムズのマシンを設計したのは、天才エンジニアとして知られるエイドリアン・ニューウェイだった。この事故をめぐっては、過失致死罪で裁判が行われたが、ステアリングコラムが事故前に破損していたのか、衝突の衝撃によって折れたのかの因果関係を証明できず、最終的に無罪となった。

■アイルトン・セナのF1での戦績
F1出場:162戦
チャンピオン獲得:3回(1988年、1990年、1991年)
優勝回数41回
表彰台80回
ポールポジション65回
ファステストラップ19回

F1デビュー戦:1984年ブラジルGP
F1最終戦:1994年サンマリノGP(イモラ)

所属年:チーム
1984年:トールマン・ハート
1985–1986年:ロータス・ルノー
1987年:ロータス・ホンダ
1988–1992年:マクラーレン・ホンダ
1993年:マクラーレン・フォード
1994年:ウィリアムズ・ルノー

■アイルトン・セナ
ブラジル・サンパウロ出身
1960年3月21日生まれ
1994年5月1日没(享年34)

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