48歳・佐藤琢磨「終わった…」から予選2位&最多リード!ホンダ・ハイブリッドを独自活用、奇跡のインディ500復活劇

2025年06月10日(火)20:59 pm

記事要約


・佐藤琢磨が第109回インディ500で9位、舞台裏を日本メディアに語る

・予選2位獲得の背景にはハイブリッドシステムを活かした独自の判断があった

・決勝では最多周回をリードも、ピットミスで勝利を逃す展開に


■第109回インディ500、佐藤琢磨が語る舞台裏

第109回インディ500で9位となった佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング=RLL/ホンダ)が6月9日(月)、日本メディア向けの報告会でレースの舞台裏を語った。

2010年からインディに参戦している琢磨は、アンドレッティでの初優勝、そして今回と同じRLLでの2勝目を挙げたレジェンドドライバー。100年以上の歴史を誇るインディ500で3勝以上しているのはわずか21人。琢磨はその「22人目」を目指し、ホンダとともに挑戦を続けている。

■好調から一転、大クラッシュでどん底へ

以前からスポット参戦の難しさを語っていた琢磨は、今年、かつての仲間である引退したエンジニアやメカニックに声をかけ、「ドリームチーム」を結成してインディ500に挑んだ。かつてはアンドレッティやチップガナッシなど数台を抱えるビッグチームに加入したこともあるが、設備は素晴らしいものの、マシン作りや戦略面でエンジニアとのコミュニケーションに苦労していたことを以前明かしていた。そうした経験を踏まえ、RLLは最も小さなチームの1つではあるものの、短期間で意思疎通が取れる仲間が重要になる。

そうして臨んだオープンテストでは「すごく調子が良かった」と手応えを感じていたが、エンジンをハイブーストにする2度目の走行中に大クラッシュ。マシンは全損し、「終わった」と絶望を覚えたという。インディ500のマシンは、長ければ半年かけて精度を高めて仕上げるもので、最短でも2ヶ月かかる。さらに「最も高精度のパーツを失い、どん底でした」と振り返った。以前、2度のF1チャンピオンであるフェルナンド・アロンソがインディ500に挑戦した際も、クラッシュしてプライマリーカーを失い、その後はペースが上がらなかったことを挙げ、インディ500の難しさを語った。インディ500は同じマシンを使うからこそ、小さな違いが差を生むレース。それをよく知っているからこその言葉だった。

しかしクラッシュから3時間後、チームオーナーが新車の購入を決断してくれた。翌日にはダラーラから新品モノコックを受け取り、スタッフは朝6時から深夜1時までの2シフト制で組み立て作業を行い、プラクティス前日にマシンをスピードウェイに搬入した。琢磨はオーナーに感謝し「本当にプロフェッショナル、自慢のクルーです」と称賛を送った。

■予選2番手の裏側にあった判断と決断

しかし急造のマシンはセットアップが定まらず、当初は上位進出を見込んでいなかったという。予定にはなかった土曜日の走行も行い、セットアップを追い込んだ。本来なら温存したい場面だったという。

予選では、他チームのウイング角度を自ら観察し、空気抵抗を減らす方向に調整するよう提案。ダウンフォースが減るリスクをチームが受け入れたことで、琢磨はその信頼に応え、トップ12、トップ6へと駒を進めた。

ポールポジションがかかるトップ6では、夕方の路面温度低下を考慮し、あえてダウンフォースを削らない選択を決断。これは2勝の経験があったからこその判断だった。同じ選択をしたのは、ポールポジションを獲得したシュワルツマンと琢磨のみ。「夢のようなノーミスで4ラップ走れた」と振り返った。

■初搭載のハイブリッド、琢磨が見出した使い方

インディ500初導入のハイブリッドシステムについて、琢磨は事前にホンダを訪問し、開発の背景や技術を学んでいた。これはホンダ・レーシング公式Xの動画でも明かしていた。

インディ500では全開走行が基本のため、エネルギー回生にはアクセルオフやブレーキングが必要だが、100%エネルギー回生はできず「ロス」が発生する。そのためプラスにならないと判断した多くのドライバーが使用を見送ったが、琢磨は違った。エンジニアと議論を重ね、何度も失敗を繰り返しながら、ステアリングの4つのボタンと裏の6本のパドルを駆使し、独自の活用方法を編み出した。

その結果、マシン性能だけでなくドライビングと戦略によって、フロントロウに並ぶことに成功。「知恵と経験」で戦略を練ったと語った。

■決勝レースの裏側

インディ500で2度優勝している佐藤琢磨は、自己最高となる2番グリッドからスタートし快走。200周のレースで最多となる51周をリードした。しかし、3度目のピットストップで止まりきれずに2メートルのオーバーラン、タイムロスをしてしまう。この1度のミスが、3勝目のチャンスを逃す結果となってしまった。

実はレースの2日前、金曜日の最終調整日「カーブデイ」でピット練習を行う唯一の機会が設けられていたが、その直前にドライブシャフトが破損し、1度も練習できなかったという。これはホンダ・レーシング公式Xでも語られており、「不安材料」として挙げていた。

それでも最初の2度のピットストップは成功。しかし、3回目のピットストップ前には2つ手前の他チームのピットで火災が発生し、消火剤が撒かれたことで路面に残留物があり、それがタイヤに付着した可能性があるとチームは分析し、琢磨をなぐさめたという。

その後のレース展開では、インディ500史上でも希な気温の低さによりタイヤのデグラデーション(性能劣化)が少なくタイム差が出にくかったほか、空気密度の上昇によりダウンフォースが増し、先頭集団以外は前に出ることが難しくなった。レース後、他のドライバーも同じ事を感じていたようだ。

■感謝、そして挑戦

48歳にして予選2番手を獲得した琢磨は、まだ世界で戦えることを証明。「来年のことはまだ決まっていない」としながらも、「3勝目を狙う」と力強く語った。スポンサーやホンダへの感謝を述べつつ、今後に向けて交渉と準備を進めていくという。

2017年に味わった「エンジン音をかき消すほどの35万人の大歓声」は今も心に残っており、2020年の無観客開催ではその歓声がなかったことに「このままでは終われない」という思いを抱いたという。インディ500は数日間かけて仕上げていく特殊なレースであり、スポット参戦でも勝機があると語った。

近年は世界的なインフレと円安で日本からの参戦には多くの費用が必要だが、スポンサーの理解もあり今年も参戦が実現している。以前「若干だけど老眼が出てきた」と笑いながら話していたが、豊富な経験と強靭な体力、そして行動力と精神力がそれを補っている。そして相手に分かりやすく伝える術も、エンジニアはもちろんスポンサーやファンを惹きつける重要な能力で、佐藤琢磨が今も現役で居られる理由でもある。

2021年にスポット参戦して4勝目を挙げたエリオ・カストロネベス(50歳)の存在も大きく、「彼が走っている限り、自分も引退するわけにはいかない。3勝目を人生の目標として挑戦を続けたい」と宣言した。

■ホンダとともに、夢を次世代へ――後進の育成と挑戦

ホンダが60年前に始めたF1への挑戦と栄光。それに感化された佐藤琢磨は、ホンダのレーシングスクール(当時SRS=鈴鹿レーシングスクール)を卒業し、F1アメリカGPで表彰台を獲得。そしてアメリカに渡って、世界3大レースに数えられるインディ500で2勝を挙げ、ホンダの顔として活躍し、今なお夢に挑戦し、夢を届け続けている。

インディ500から2週間が経過したこの日も、インディ関連のイベントを終えた後にヨーロッパへ移動。HRCエグゼクティブ・アドバイザー、そしてホンダ・レーシング・スクール(HRS)の校長として、FRECAに参戦中のHRS卒業生・加藤大翔(かとう・たいと)を指導するため、オランダのザントフォールト・サーキットに滞在していた。今回の報告会も現地からリモートで参加するなど、忙しい日々を送っている。

この日は触れられなかったが、今年のインディ500には息子・佐藤凛太郎(さとう・りんたろう)もロリポップ担当クルーとして参加していた。HRSを首席で卒業した凛太郎は、今年からフランスF4に参戦し、父の背中を追っている。

世界に挑み続けるホンダと佐藤琢磨の姿に感化された、次世代の日本人レーシングドライバーたちの今後にも期待が高まる。

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