元F1ドライバーのビタリー・ペトロフが、FIAによるロシア人参加者への制限緩和を受け、F1のスチュワードへの復帰に関心を示した。
FIAは8月、ロシア人ドライバーや競技役員らに課していた中立要件を撤廃。自国の国旗や国家のシンボルを使用して国際大会に参加することを再び認めた。一方、ロシアとベラルーシでの国際大会開催は引き続き禁止されている。
ペトロフはロシアメディア『Championat(カンピオナ)』のコラムで、スチュワードへの復帰について次のように述べた。
「理論上は、復帰してもいいのではないでしょうか。残念ながら、僕が唯一スチュワードを務めた際には、悲劇的な事情で任務を途中で終えることになりました。ただ、その経験を通じて興味深い知識を得ることができ、ロシア国内の競技の現場でも伝えるようにしています。政治的な要因がもう妨げにならないのであれば、興味があります」
ペトロフがF1でスチュワードを務めたのは、ポルティマオで開催された2020年ポルトガルGPの一度だけである。父親が殺害されたとの知らせを受け、週末途中で任務を離れた。
ペトロフは、F1アゼルバイジャンGPで起きたフランコ・コラピントの事故にも言及した。コラピントを出場停止にすべきだとするランド・ノリスの発言に対し、アルピーヌのコラピントを擁護した。
「僕自身の経験から言えば、ブレーキングでミスをするのは、実はとても簡単です」と42歳のペトロフは語った。
現在のアルピーヌへとつながるワークスチームのルノーに所属していたペトロフは、2011年韓国GPで起こした事故を振り返った。
「フェルナンド・アロンソとバトルをしていて、コースの汚れた部分に出てしまいました。ブレーキングがほんの数メートル遅れただけで、ミハエル・シューマッハに衝突してしまいました。残念ながら、こういうことは起こります」
ペトロフは、コラピントが再スタート時に状況判断を誤っただけだとみている。
「フランコは、再スタートで周囲に多くのマシンがいたため、ライバルに気を取られてしまったのだと思います。そのせいで自分のブレーキングの目印を見逃し、気づいた時には遅すぎたのでしょう。でも、フランコの走りが無謀だったわけではありません。」
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