・イゾラがマイアミGPを最後にF1を離れ、ACIスポーツの要職に就く
・2011年からピレリを率い、数々のレギュレーション変更や悲劇、喜びを経験
・ピレリ在籍中、フェラーリの戴冠に立ち会えなかったことが心残り
F1の独占タイヤサプライヤーであるピレリのモータースポーツ責任者、マリオ・イゾラが、マイアミGPのレースウィークをもってF1に別れを告げた。
長年にわたりピレリの中心人物として活躍してきたイゾラは、ACIスポーツ※の要職に就くためピレリを離れることとなった。10年以上に及ぶF1での歩みを振り返り、ドイツメディア『Sky Deutschland(スカイ・ドイチェランド)』に語った。
※イタリア自動車クラブ(Automobile Club d'Italia, ACI)が運営するモータースポーツ部門
「パドックの多くの人たちが私のもとに来て、『F1に大きく貢献してくれた』『いなくなるのは寂しい』と声をかけてくれました。本当にうれしく思います。新たな挑戦が待っており、それを楽しみにしています。ですが、ここには“第二の家族”のような存在があります。その家族を残して去るのはとてもつらいことです。人生は時に決断を下さなければならないものです」
イゾラは2011年以降、F1の独占タイヤサプライヤーとして、ピレリを統括してきた。その期間は、大きなレギュレーション変更や数々の議論を伴う時代でもあった。
これまでを振り返り、最も印象的な瞬間を一つ選ぶのは難しいと認めている。
「これまでに330以上のレースがあり、その中から一つを選ぶのは本当に難しいです。2011年のメルボルンでの開幕戦では、レース後に私たちは皆、感極まって涙を流しました。その後、ジュール・ビアンキの事故が起きたレースは本当に痛ましいものでした。そしてここ数戦では、イタリア人ドライバーが表彰台に上がり、イタリア国歌が流れたレースもありました。あれも非常に特別な瞬間でした」
また、心残りが一つあることも明らかにした。
「フェラーリのワールドチャンピオン獲得に立ち会えなかったのは残念です。私のピレリ在籍中に実現することを願っていましたから。それが将来、実現することを願っています。」
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