・新型プレリュードは、仮想シフト操作を体感できる「Honda S+ Shift」を採用。
・“仮想8段”変速やサウンドで「走る喜び」を再現。
・仮想と現実を融合した新感覚のドライビング体験を提案。
最初のシフトダウンで、思わず声が出た。
「ギアはないのに、ある」——脳がバグるような感覚。
そんな体験ができるのが、新型プレリュードだった。
9月30日から10月1日にかけてスポーツランドSUGOで2026年用SUPER GTプロトタイプの発表会とシェイクダウンが開催された。真っ黒なカーボン地のプレリュードGTプロトタイプがコース上で輝きを放つ一方、そのガレージの一角には真っ白な市販車の新型プレリュードが静かに佇み、対照的でありながらどちらもプレリュードらしい存在感を放っていた。
本日開幕したJapan Mobility Show 2025のプレスデーでは、話題の新型プレリュードも展示されている。
短時間ながら実際に新型プレリュードのステアリングを握る機会を得た。走り出してすぐに感じたのは、「Honda S+ Shift」の完成度の高さだった。シフトダウンをすると、まるで本物のギアを操作しているかのような感覚が全身を走る。
「不思議な感覚なので、ぜひシフトダウンを試してほしい」とSUGOで熱く語ってくれたのは、プレリュードの走行テストにも関わったホンダ・レーシング(HRC)事業企画推進部 経営企画ブロックの木立純一氏。確かにその通りだった。ギアがないのに、あるように感じる——そんな矛盾を現実にしてしまうほどの完成度だ。木立氏は本田技術研究所/本田技研工業の従業員チーム「Honda R&D Challenge」を率いてスーパー耐久シリーズへも出場しており、これまで市販車を世に送り出す前の走行テストをしてきた走りのプロだ。その木立氏が「不思議」と口にしたのも納得の仕上がりだった。
ステアリング裏には、メタル製のパドルシフトが備わっている。指先で軽く引くだけで“仮想8段”の変速が瞬時に反応し、シフトダウンをすると身体が前に押し出されるようなG(加速度)が生まれる。F1と同じ8段にしているところはホンダらしい遊び心だ。そのレスポンスは“仮想8段”とは思えないほど鋭く、プレリュードの公式サイトに書かれている「NSXを超える変速レスポンス」との表現も、試乗してみると大げさではないと感じた。“仮想8段”とは、実際にはギアが存在しない「Honda S+ Shift」のことだが、その完成度の高さゆえに“仮想”であることを忘れてしまうほど——まるでエンジンとギアを積んだピュアスポーツカーのような反応だ。
聴覚面でも鮮烈だった。BOSE製オーディオが奏でるシフトとアクセルと連動したエンジン・サウンドは驚くほどリアルで、車内では魂を揺さぶるようなエンジン・サウンドが鳴り響く。作り物の安っぽい演出ではなく、「走る喜びを再現するための音」だとすぐにわかる。これが本当に“仮想”なのか疑いたくなるほど自然で、技術的な仕組みを理解していても、体感すると仮想と現実の違いを脳が処理しきれないほどだ。実際はほぼモーター駆動で、エンジンは主に発電機の役割を担っており、車外ではエンジン音はほとんど聞こえない。
視覚的な演出も巧みだ。アクセルを踏み込むと、メーター中央には「1、2、3…」と仮想のギア段が現れ、タコメーターの針がサウンドと連動して滑らかに動く。まるでハンコンでレースゲームをしているような感覚のまま、実車が走り出す——そんな錯覚を味わえる。「もっと走っていたい」と自然に思わせてくれる仕上がりだった。
ブレーキのフィーリングも印象的だった。ペダルの初期の遊びは絶妙で、踏み込むほどに素直に減速していく。ふわつきがなく、安心して“止まれる”感覚がすぐに伝わる。シビック TYPE R譲りのブレンボ製ブレーキを専用チューニングし、軽量ホイールやタイヤの最適化まで含めて一体設計されている。ダンパーやサスペンションの応答も高精度で、街中でもサーキットでも信頼して踏み込める。
さらに、ドライブモードも面白い。「SPORT」「GT」「COMFORT」「INDIVIDUAL」の4モードを備え、INDIVIDUALではパワートレーン、ステアリング、サスペンション、メーター表示、サウンド、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)までの6項目を自由にカスタマイズできる。まるでレースゲームのセッティング画面のように、自分好みの走りを作り上げることができる——そんな表現がいちばん近いかもしれない。
技術資料を読んでも想像はつかない。このクルマの魅力は、“体感して初めてわかる”領域にある。F1シミュレーター専門のドライバーが「F1の実車はまったく別世界」と語るように、プレリュードもまた五感で理解すべき存在だ。
近年、F1でもシミュレーターの“仮想体験”と実車との違いが議論になるが、プレリュードはその境界を、量産車で越えてしまったように感じる。
仮想と現実で言えば、会期を終えたばかりの大阪・関西万博では、「ミライ人間洗濯機」が大きな話題となり、会期終了前には商品化が決定した。また、実際に万博を訪れた人は、近い将来、仮想のAIと共に暮らす日をリアルに感じたかもしれない。だが、ホンダは、仮想と現実の境界を量産車で越えてみせた——そう感じさせる1台だった。
こんなことを思ったことはないだろうか?「昨今のモーター駆動車は静かで良いけど、エンジンの音がなくて物足りない。咆えるようなエンジン・サウンドと鋭く反応するドライビングを存分に楽しみたい」。しかし実際にエンジン音が鳴り響くと「早朝・深夜は近所に気を遣う」。エンジン音とモーター駆動の両立は相反すると思い込んでいたが、そんな仮想世界の車をホンダは現実にしてしまった。万博に出展こそしなかったものの、万博会期中にプレリュードを発売したのは、何かの縁を感じる。もし万博にホンダ館があってプレリュードに試乗できたら「仮想世界の車が現実になった」と話題になっていたかもしれない。それくらいのインパクトと言っても過言ではない。
これまで軽自動車から高級スポーツカー、EV、レーシングカーまで数多くのマシンに乗ってきたが、ここまで新鮮な感覚を与えてくれた車は久しぶりだった。取材という意識を忘れ、「もっと走っていたい」と心から思えた。
写真や映像では伝わらない“走る感覚”を、ぜひ体験してほしい。一部のHonda Cars店舗では、すでにレンタカーとして導入が始まっている。一度ハンドルを握れば、このクルマの本質がわかるはずだ。
静かなのに刺激的——そんな相反する体験がここにある。
プレリュードを一言で表すなら——「楽しい」。それで十分だ。