・アントネッリは中国GP初勝利の表彰式で“ライコネン”と誤紹介され、困惑しつつも笑いに変えた
・幼少期にフェラーリとの接点があったが、最終的にメルセデスからの誘いで今回の勝利を掴んだ
・初優勝の喜びを噛み締めつつも冷静さを保ち、「キミ」という名前の由来も明かした
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メルセデスのキミ・アントネッリが、記念すべきF1初勝利を挙げた中国GPの表彰式で、誤って“キミ・ライコネン”と紹介されたことについて、困惑しつつも思わず笑ってしまったと、イタリアの『Sport Mediaset(スポーツ・メディアセット)』で振り返った。
母国イタリアに熱狂をもたらした19歳のドライバー、アントネッリは勝利直後、ベテランF1アナウンサーのボブ・コンスタンデュロスによる名前の呼び間違えに、一瞬どう反応すべきか分からなかったという。
「信じられなかった、表彰台に上がっていいのか分からず、本当に混乱しました」
元F1ドライバーでGPDA(グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション)会長のアレックス・ヴルツも、このハプニングをユーモアとして受け止めている。
「ボブ(アナウンサー)は単純に間違えてしまっただけですが、実に面白かった。これからもアントネッリが勝ち続ければ、“イタリアのアンドレア・キミ・アントネッリ”という名前はもっと広く知れ渡ることでしょう」と、ヴルツはオーストリアの公共放送『ORF』に語った。
すでにアントネッリは自身の実力で知名度を急速に高めており、イタリアのメディアは「新たなスターの誕生」と絶賛。将来のフェラーリ移籍の噂まで飛び交っている。
メルセデスF1所属のアントネッリは、子どもの頃にフェラーリと接点があったことを明かした。
「フェラーリとは接触がありました。10歳か11歳の頃です。でも最終的にはメルセデスが先に連絡をくれました。2017年末にトト・ウォルフから連絡があり、チャンスを与えたいと言ってくれました。今でも本当に感謝しています」
高まる注目に包まれながらも、F1初勝利を挙げた本人は冷静さを保とうとしている。
「お祝いをしましたし、今もその余韻に浸っています。初めての経験でしたから、決して忘れないでしょう。今回の勝利は僕のキャリアの中で特別なものです。だからこそ、この喜びをしっかり味わうのは当然だと思います。一生忘れることはないでしょう。日曜の夜は眠れず、移動中もずっとトロフィーの写真を抱きしめていました」
また、お祝い自体は控えめなものだったという。
「人生で最も特別な勝利なので、その瞬間をしっかりかみしめたかったんです。ただ、お祝い自体は友人10人ほどの小さなパーティーを開いただけで、それ以上は何もしていません。タイトルのことは考えておらず、どうすれば勝ち続けられるか、それだけに集中しています」と語り、謙虚な姿勢を崩さなかった。
2007年のF1世界チャンピオンであるキミ・ライコネンとの比較は避けられない。その特徴的なミドルネームについても、アントネッリはドイツ『Bild(ビルト)』紙に説明した。
「両親はイタリア風の名前を2つ並べたくなかったようで(ファーストネームとミドルネーム)、何か違う感じを求めていました。友人が提案した名前を両親が気に入り、『キミ』という名前がついたのです」
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