・東京オートサロン2026のホンダブースで、本物のSUPER GT車両を転用したシミュレーター「Honda eMS SIM-02」が公開された。
・2019年まで参戦したARTA NSX-GT実車を使用し、当時の構造や剛性をほぼ維持した“本物志向”の体験が特徴。
・若年層へクルマの魅力を伝える狙いで開発され、販売はせずイベント貸与専用として活用される。
2026年1月9日から11日まで、千葉県・幕張メッセで開催中の「東京オートサロン2026」。
ホンダは「プレリュード HRCコンセプト」や「シビック e:HEV RS プロトタイプ」といった四輪コンセプトモデル、レーシングバイクに加え、2026年シーズンからSUPER GTに投入される「Honda HRC PRELUDE-GT」などのレース車両を公開し、来場者の注目を集めている。
創業以来、“夢”を原動力にレースへの挑戦とスポーツモデルの開発を続けてきたホンダ。そんな“モータースポーツ熱”を体感できるホンダブースの一角に、HRCカラーをまとったSUPER GTマシン「NSX GT」が静かに佇んでいた。
一見すると「なぜ2世代前のGTマシンがここに?」と思ってしまうが、実はこれ、本物のGTカーをレーシングシミュレーターへと“魔改造(転用)”した「Honda eMS SIM-02」だ。
ベースとなっているのは、2019年まで実際にレースを戦った「ARTA NSX-GT(8号車)」。野尻智紀選手/伊沢拓也選手のコンビで、開幕戦・岡山ラウンドのウエットレースを制した由緒正しき1台である。その車体に、ハンドルとペダルのみをゲーム用に換装し、それ以外はほぼ当時の姿を保っているという。
なお、シートは身長163cmの野尻選手に合わせた状態のまま。さらに、このマシンはエンジンを降ろす際にミッションと後輪も同時に外す必要がある構造のため、エンジンも搭載された状態だそうだ。関係者によれば、一部パーツが取り外されているため現状では始動できないものの、電装系を戻しオイルなどの油脂類を入れればエンジンをかけることも可能とのこと。まさに“本物”である。

そんな貴重なマシンを、1月9日のプレスデーにひと足早く体験する機会を得た。
靴を脱いでドアを開けると、まず目に飛び込んでくるのは極太のサイドシル。ドア開口部の半分ほどはロールケージとモノコックに塞がれており、「これ、どうやって乗るの……?」と一瞬戸惑う。説明を担当してくれたのは、NSX GTの開発にも携わったエンジニアの菊池快氏。「まずサイドシルに腰掛けて両足を入れ、ロールケージを掴んでお尻をシートに収め、最後に頭を入れてください」と、丁寧に手順を教えてくれた。
菊池氏は、かつて自らが開発に関わったマシンに新たな役割が与えられたことについて、「感慨深いですね」と語る。
身長172cmで細身の筆者でも、腰や肩がつりそうになりながら、なんとかバケットシートに体を収める。目の前には、カーボン素材とロールケージが剥き出しになった戦闘的なコックピットが広がっていた。
今回の体験は、鈴鹿サーキットを1周のみ。走行が始まると、プレイソフトは慣れ親しんだ『グランツーリスモ7』であるにもかかわらず、臨場感はまったくの別次元だった。フロントガラスにプロジェクターで投影される映像と、ハンドル周辺のスピーカーが相まって、実車を運転しているかのような錯覚に陥る。
ハンドルやペダルは実車にしっかりと固定され、本物のバケットシートが生み出す剛性感も抜群。さらに今回は、ホンダ・レーシング事業企画推進部で開発責任者を務める岡義友氏からネックスピーカーを手渡された。岡氏はスーパー耐久の監督経験も持ち、無線を通じてコース攻略のアドバイスをリアルタイムで送ってくれる。トラックサイドのエンジニアと会話しながらアタックする、まさに疑似レース体験だ。
筆者自身、自宅では低グレードのハンドルコントローラーでグランツーリスモを楽しんでいるが、本物のロールケージに囲まれ、エンジニアと会話しながらの走行には思わず本気になってしまった。「SUPER GTドライバーは、こんな緊張感の中で走っているのか」と実感する瞬間だった。

このときは会場の都合で大きな音を出せない“サイレントタイム”仕様。本来はさらに音や振動が加わり、クルマの挙動がより分かりやすくなるという。ただし爆音すぎてネックスピーカーの音声が聞こえにくくなるため、その点は今後の課題とのことだ。
走行を終え、なんとかマシンから脱出すると、説明員から「ナイスラップでした!」と声をかけられた。冗談半分で「ぜひ2026年のシートをお願いします!」と言ってみたところ、「素早く乗り降りできないとダメですね」と即座に返されてしまった。
岡氏によれば、このシミュレーター企画は、若い世代にクルマの楽しみ方を知ってもらうために考えたものだという。HRCは2025年11月、ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿の教習用フォーミュラマシンをベースとしたレーシングシミュレーター「Honda eMS SIM-01」を10台限定で販売しており、SIM-02はその第2弾にあたる。
SUPER GTマシンをシミュレーターに転用する構想は1年以上前から存在していたが、SIM-02は代替できる車両が存在しないため販売は行わず、今後はイベントなどへの貸し出しを想定しているという。
1月10日の一般公開日には、12時からの体験抽選に100人以上が集まったとのこと。近年盛り上がりを見せるeモータースポーツの世界。一見するとネタのようにも映る企画だが、HRCが本気で作り上げたその中身と志は紛れもなく本物だ。SIM-02に触れる機会があれば、ぜひ“乗り降りの儀式”も含めて体感してほしい。
